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「ひたすらに、ゆるむことなく、休むことなく」
岸田 親憲
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ひたすらに、休むことなく、ゆるむことなく
岸田 親憲
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あとがき
この小冊子発刊の監修を了えてみて、どこまで初代神戸教会長木村先生が肌で実感されていた神さまに対するお考えや宗教家としての先生の現実世界のとらまへ方、そして又先生のお人柄全人格全力量を残すことなく隈なく綴り出せたかと言うことを慮う時、甚だ慚棒にたえない次第であります。前世紀の初頭一八一〇年、当時のベルリン大学教授シュライエルマッヘルが観念化し形骸化いてゆく宗教を憂れい、その宗教論の中で端的に「宗数は清められた直感と感情によって導かれる高次の現実主義である」と唱へた。
日本の国に於いては神道とか神と云う言葉を用いる時、殆どの人々がおどろおどろとした神懸り的な神をイメージし、揚げ句の果ては宗教と云へば呪術による拝み屋若しくは占い屋的な存在として我々の日常生活とはかけはなれた「困った」時のみ必要とするものであると考え ている。教祖はその最初からこれ等のことを教団のご法度としてきびしく成しめられた。そのことは同時に見えざる神による人格の向上と無対立、絶対調和の社会をきづかんがためであった。正しくこの木村先生の足蹟はそのことを如実に物語るものであって余人の半端な口を差しはさむ余地はない。
布教の第一歩から物質的金銭的な裏付けの一切を放棄され「信ずる」と云うことだけを己れの振り所として、ひたすらに現実の現象の奥底に神の意志をたずねそれをそのままに実展開されて来たのである。晩年先生の身辺に現成して来る神秘で不思議な数々の現象も初代教会長木村先生ならではの必然の出来事であり、神々しく澄み透おり輝いていた先生の慈眼がよみがえって来る。
これらの遺されたテープの中で先生が特に強調されていたことは取りも直さず「これが万人の幸せの道であること」一切の観念や理屈にとらはれることなく素直にお引き立てを言じ我が身を眼前足下の事柄の中に投げ入れ、そこに神の光に照らされた現実をヨロコビ拝跪することであった。
今や世相は世紀末を迎え人心は廃額を極め不況のドン底で混乱そのものであるが今こそ世人に訴え巨星木村先生の生き方に触れていただきたい。人間らしさを取り戻して頂きたい。
原稿を入手してからこの二ヶ月間、監修をさせて頂いている間私は苦痛を感じることがなかった。読み切れない文字や前后の繋がらない文章に出逢い乍らもその底の秘められている先生の謦咳に接することは父の声兄の声を聞く様であり、又我が心の裡を見るが如く心おどる思いであった。
最后に残念であったことはもっ と多くのテープに接したかったこと更には時間が与えて頂きたかったことである。読み直してみて難解なところの多々あったところを深くお詫びし、このパソコンを私の膝下で打ち上げて呉れた、先生の同僚足立貞之先生の孫にあたる足立智之君にも謝意を表したい。
宗教法人神道親導教
〒668-0811
兵庫県豊岡市鎌田285番地の2
TEL 0796-22-3981
FAX 0796-22-3982
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