宗教法人神道親導教のあらまし

親導教は昭和27年秋、文部省より認可を得て宗教法人として独自の教義をかかげ、昭和の御代に理想社会を築き上げ又その信仰と教えによって人間改革を成さんものと日夜神と共に活動を繰り広げている教団でありますが、 その発生は昭和7年にさかのぼります。即ち幼少の頃より神童と呼ばれ成長するに及んではその頭脳と品性に於い て衆をしのぎ常に社会の中にあって絶大な信望を集め文字通り高徳であった45才の岸田親導師に青天霹靂とも言うべき突然に訪れた神の啓示によって始まるのであります。
勿論、岸田親導師が当初から 又それ以前から今日の教団を意図され計画されていたものでは決してないのであります。33才からの永年にわたる病苦に打ちひしがれそれ迄観念的に敬神崇祖の念の域にとどまっていた師が、直接神佛と言う方向ではなく「大自然」とそれに含まれ蔵されている「力」に驚嘆され、人間的立場から宗教的立場へと自分を推し進められたのであります。やがてその心は形式的な信仰では
なく人格的な交わりを持つ信仰へと高められてゆき深められたのであります。その間師は煩悶を続けられ各界の先師に教えを乞い求道の生活を堅持されたのでありますが、ようやく43才の頃その煩悶も薄紙を剥ぐが如く又夜の白む如く、この広い無辺の天地の間に存在する宇宙の大法則の感知体得によって悟道の域に入られたのでありますが、それと時を同じくして神の啓示は降ったのであります。
師はこれによって逆に苦しみを感じられるのである。予期し得なかった神の使命は人間岸田親導師を大きく変えさせたのである。
自己の意志とは別に来る日も来る日も門前市を成す有様が続いていたのであります。そこには神の意志のみの流動こそあれ、人間岸田親導師の思惑をさしはさむ余地 はなかったのであり、遂に師は決せられたのであります。
「どうして私がという考えが一変して如何としても神の意志を具体化しよう」
という唯々誠の使命感が燃焼したのであります。然しこれからが世上的な問題の連続でありました。ある時は兄弟知人にまで気狂い扱いにされ、又ある時は実父義父に 勘当義絶され最愛の妻子が迷い心中事件を引き起こす様な事ま でが待っていたのであります。然し一度神に召され決せられた師の志は救世の悲願にまで昇華され、遂には周囲の人々を無言の裡に教化されたのです。
後日岸田親導師は当時を回顧され「全く神の意志のままに歩むのみでそれ以外の思案は出来なかった。」とさえ言われました。どうして今日の教団が意識されたであろうか。現在本部大教殿のある境内もその当時神の意志のままに人々の嘲笑をもかえりみずもとめられたのであります。我々が今日それを考え併す時、背筋の寒くなるものを覚えます。
東に西に文字通り席の暖まる暇もなく唯々神の代弁者として何ら自己を表すことなく徹底し貫かれた足あとの集積が今日の教団を成しているのであります。
岸田親導師のそのひたぶるな神の代弁者としての態度 や言動が山を越え海を渡り人を呼んだのであります。終 戦と言う大きな価値体系の崩壊にも屈せず民衆は師を仰ぎ団結し神の託された理想と使命を完遂せんとしたので あり、それが岸田親導師後援会から出発して親導会となり親導教会となり遂には社会と人間の改革を目指すための基礎であるところの今日の親導教となったのであります。
宗教法人神道親導教のあらまし

親導教は昭和27年秋、文部省より認可を得て宗教法人として独自の教義をかかげ、昭和の御代に理想社会を築き上げ又その信仰と教えによって人間改革を成さんものと日夜神と共に活動を繰り広げている教団でありますが、 その発生は昭和7年にさかのぼります。即ち幼少の頃より神童と呼ばれ成長するに及んではその頭脳と品性に於い て衆をしのぎ常に社会の中にあって絶大な信望を集め文字通り高徳であった45才の岸田親導師に青天霹靂とも言うべき突然に訪れた神の啓示によって始まるのであります。
勿論、岸田親導師が当初から又それ以前から今日の教団を意図され計画されていたものでは決してないのであります。33才からの永年にわたる病苦に打ちひしがれそれ迄観念的に敬神崇祖の念の域にとどまっていた師が、直接神佛と言う方向ではなく「大自然」とそれに含まれ蔵されている「力」に驚嘆され、人間的立場から宗教的立場へと自分を推し進められたのであります。やがてその心は形式的な信仰ではなく人格的な交わりを持つ信仰へと高められてゆき深められたのであります。その間師は煩悶を続けられ各界の先師に教えを乞い求道の生活を堅持されたのでありますが、ようやく43才の頃その煩悶も薄紙を剥ぐが如く又夜の白む如く、この広い無辺の天地の間に存在する宇宙の大法則の感知体得によって悟道の域に入られたのでありますが、それと時を同じくして神の啓示は降ったのであります。
師はこれによって逆に苦しみを感じられるのである。予期し得なかった神の使命は人間岸田親導師を大きく変えさせたのである。
自己の意志とは別に来る日も来る日も門前市を成す有様が続いていたのであります。そこには神の意志のみの流動こそあれ、人間岸田親導師の思惑をさしはさむ余地 はなかったのであり、遂に師は決せられたのであります。
「どうして私がという考えが一変して如何としても神の意志を具体化しよう」
という唯々誠の使命感が燃焼したのであります。然しこれからが世上的な問題の連続でありました。ある時は兄弟知人にまで気狂い扱いにされ、又ある時は実父義父に 勘当義絶され最愛の妻子が迷い心中事件を引き起こす様な事までが待っていたのであります。然し一度神に召され決せられた師の志は救世の悲願にまで昇華され、遂には周囲の人々を無言の裡に教化されたのです。
後日岸田親導師は当時を回顧され「全く神の意志のままに歩むのみでそれ以外の思案は出来なかった。」とさえ言われました。どうして今日の教団が意識されたであろうか。現在本部大教殿のある境内もその当時神の意志のままに人々の嘲笑をもかえりみずもとめられたのであります。我々が今日それを考え併す時、背筋の寒くなるものを覚えます。
東に西に文字通り席の 暖まる暇もなく唯々神の代弁者として何ら自己を表すことなく徹底し貫かれた足あとの集積が今日の教団を成しているのであります。
岸田親導師のそのひたぶるな神の代弁者としての態度 や言動が山を越え海を渡り人を呼んだのであります。終 戦と言う大きな価値体系の崩壊にも屈せず民衆は師を仰ぎ団結し神の託された理想と使命を完遂せんとしたので あり、それが岸田親導師後援会から出発して親導会となり親導教会となり遂には社会と人間の改革を目指すための基礎であるところの今日の親導教となったのであります。
宗教法人神道親導教
〒668-0811
兵庫県豊岡市鎌田285番地の2
TEL 0796-22-3981
FAX 0796-22-3982
− 親導教だより
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