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「ひたすらに、ゆるむことなく、休むことなく」
岸田 親憲
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ひたすらに、休むことなく、ゆるむことなく
岸田 親憲
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心のままの肉体、心のままの現実
こうして信仰生活をさせて頂いておりますと長い歳月きの間にいろいろな経験をさせてもらいます。物事が順調に進む時はいいのですが物事がそうでなくなる時、迷いが生じてまいります。どうしてだろうかと考えてしまいます。常にお話しておすすめいたしております様に私たちの信仰と云うものは只神さまを言じて拝んでいると云う様なものではなく、物事の動きそのものを良くわきまえさして頂いてそれが神さまのお働らきそのものであると受け止めさして頂くことなのです。
神さまのなさるなさり方すなわち神の行い、それを流れと考えることであります。神さまの思惑お働らきは人間の思惑によって変わっていくものではありません。神さまは人間本位に物を考えておられるのではない。ところが人間としては人間本位にとって行こうとする。ここが大きな大きな間違い心違えであります。人間は神によって作られたものであり創られた神さまにあくまでも添っていくことである。親の子を思う思いを考える時常に立派な人間になれと析り親は親として本当のことを子供に教えてゆく。言ってみれば神の思いも親の思いも一つの道である。一本である。それが理解出来ようが出来まいがそれを己れの心として命がけで突っ込んでいこうとする、そこに初めて立派なものが築きあげられていくのであると云う様に考えてほしい。
しかし一方人間は自分の気嫌をとってほしいのであります。教長先生さえ「うん」と云ってくれればいいのにと人間は考える。これは自己中心的でそんな考えや気持ちを持っているとそう言われる迄に物事の動きが変わっていく、安易な自己本位な考え方であります。ところが神さまの恩召しはその人だけが幸せにと云う動きではなく、神さまの一つの動きお働らきが万般にわたっての幸せを保障していくと云う、これが神の動きである。
常に神の動きすなわち物事の動きはこうである。よく物事の判かった人でも精々昔から云う様に一石二鳥であるが、この世のしぐみや神さまのお働らきそのものは一石が二十鳥三十鳥にもなっており、そのことに関与しているすべての為に動いておられるのである。一切のものを生かしてゆく、一切のものは本来幸せそのもので繁栄の一途をたどろうとしている。信仰をするものは真心が必要である。真心と云うことは唯單に綺麗な心と云う様なものでなく自己本位をはなれた云ってみれば命がけで物事に突っ込んでゆく心である。信仰には、信仰する者は現実に対してこうでなければならない。
自分をど のように運んでいくのか、日々の行い即ち、業(わざ、ごう)をまっとうにするか自己中心の利益のみを追求するか、ここが肝心要めのところである。欲を捨てろと云うことでない。欲を捨てたら人間は死んでしまう、神さまに対して申し訳けが立たない。欲そのものを決して自己本位に運ばないと云うことである。一所懸命と云うのはこのことであって更には一所懸命と云うことは現実の事々物々に即応して自己の考えを変えていくことである。心の転換、これは思いを変えると云うことである。自分の考えを変えていくと云うことが修業すると云う様に一石二鳥であるが、この世のしぐみや神さまのお働らきそのものは一石が二十鳥三十島にもなっており、そのことに関与しているすべての為に動いておられるのである。一切のものを生かしてゆく、一切のものは本来幸せそのもので繁栄の一途をたどろうとしている。信仰をするものは真心が必要である。真心と云うことは唯單に綺麗な心と云う様なものでなく自己本位をはなれた云ってみれば命がけで物事に突っ込んでゆく心である。居仰には、信仰する者は現実に対してこうでなければならない。
自分をどのように運んでいくのか、日々の行い即ち"業"(わざ、ごう)をまっとうにするか自己中心の利益のみを追求するか、ここが肝心要めのところである。欲を捨てろと云うことでない。欲を捨てたら人間は死んでしまう、神さまに対して申し訳けが立たない。欲そのものを決して自己本位に運ばないと云うことである。一所懸命と云うのはこのことであって更には一所懸命と云うことは現実の事々物々に即応して自己の考えを変えていくこ とである。心の転換、これは思いを変えると云うことである。自分の考えを変えていくと云うことが修業すると云うことである。いわゆる業(わざ、ごう)を修めることである。応々にして「おれはこうするのだ」と肩念のかたまりと思うが、それが神さまの意志に基ずいたものあればいいのだが、ところがかけらほども自己と云うものがその中に入っておればそれは意地と云うことになる。
意地と念とは大きな相違がある。ややもすると意地が出てしまう。念と云うものの心の持ち主は"心の転換"が早い。しまった間違ったと思ったら心しゃっと立て替えてしまっている。意地は仲々立て替えはしない。ぐーっと突っ張る。それが意地だ。
信念即ち真理である。こう云う風にお考え願いましたらまことに結構かと思います。子供、女房、主人、親にいたっても、人の云うことにはいつも真剣に耳を傾ける。そうして自己を常に正しく持っていくように正しく自分に取り入れて行くと云う、これが本当の修業であり里の行である。
神と現実と自己とが一体となる、これが修業であり教えと云うものも本の中に書いてあるのではない。物事の動きの中にチャント示されているのである。仰上の人さんの体験談は丁度作物を作る時に肥料をやる様に大切なものであり、多く聞いて心の転換を常にはかることである。
何を自分の生き甲斐にするのか、人生の喜びにするのか、ここが一番大切である。人としてつまらない生き方をしない。本当に生きると云うことはこう云うことである。
肚の底から日々を感謝して生きてゆく。仲々その様には出来ませんと思われるかも判り ませんが、それはあくまで自己本位であり意地に生きているからであり、それをこえると、今このことをさして頂いていると云うこと、そこにおると云うことが、本当に有り難くなる、すると心がはずみ体の中心からニコニコと笑顔が湧いて来る。
一つの心配事があったら頭のめぐりもにぶくなってくる。己れの動きが不活発になる。そしてより以上の不幸、災いを呼び込んでしまうものです。曇った中やうぢゃうぢゃとした中では本当の幸せを知ることは出来ないのである。
考え方が変わってくると肉体の健康と云うことも変わって来る。たとえ病気をしていても精神状態がすこぶる明るい朗らかな、さわやかであると肉体も健康な状態に変化して来る。
そこで心と体が一体であると云うことが出来る。ところが気をつけなければならんのは、自分の体であるから自分の好きな様に使ってしまう。すると、心と体は実は一体とならなくなる。分離をしてしまう。そうすると心のままに体が使えなくなる。例えば右手をケガをして痛めたとする。ケガの大小にもよるが、そうすると右手が使いたい心でも右手が使えなくなってしまう。心の在り方をまともに持っていかないと道具は心のままに動かなくなるのである。これは、心と体の関係だけではなくて人も何も一切がこれである。大げさな云い方をすると「百事如意」と云うのはこのことである。このことが即ち「すみやかに心の入れ替えが必要である」と云うことである。
人間はどうしても"自分"を中心に物を考えてしまうものです。例えばこれを云ったら「損をするから止めておこう」とか「これを教えてあげたらあ の人の方が私よりも幸せになるんじゃあないか」とかこう言ったことがお互い者同志の中でもあります。人間誰も自分の会得したものを言わない表に出さない。ところがそう云う考えがいけない。言って判ってもらったらお役に立ったらそれ丈けより多くの人を助けることになる。自分の言葉で人を助けることになる。自分一人の幸せが話すことによって表に出すことによって二人の幸せになり三人に幸せになり、いってみれば一つの幸せが二つも三つも幸せにふくれ上がり大きくなる、すなわち自分がそれ丈け大きくなり幸せになることである。話してあげようと思うことが大切であり、その思った時が絶好の時である。相手が判ろうと判るまいと話をしてあげなさい。もし判ったらみんなお蔭げを貰らってしまう。判らなければ判る様に修業しなさったらいい。それが導きと言うものである。みんなは(ソツ)をしていることが多い。すべて人が幸せになられる様に努力していくことが「己れが生きていく」ことであり「己れを生かしていく」ことであります。いかにして己れを生かそうかと思えば今お話した生き方以外にない。いかにして自分を幸せの域に置いていくかと云うことであります。ところが考え違い思い違いをして自分を幸せの域外に自分で放り出してしまうことが多々あります。
そう云うソツを信仰している者はしない様にしなくてはならない。これが神のみ心に沿った生き方であります。いかなる時も、ふり、一体、心身(心と口、心と手、心と足、心と目)一如の生き方をしなくてはならない。心と行いが一つになることこれが幸せのお蔭げの根本であります。
宗教法人神道親導教
〒668-0811
兵庫県豊岡市鎌田285番地の2
TEL 0796-22-3981
FAX 0796-22-3982
− 親導教だより
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