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​信仰と「私」

​岸田 親憲

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​信仰と「私」

岸田 親憲

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​長所は同時に短所であること

この日本人の最もうるはしいと云われる「謙虚」さは社会にウルオイを与えものごとを円満におさめてゆきますが、最初から今日テーマにしております様に「私」「個」が確立しておりません。「私」がない「個」がないと云うことは人間で云えば「顔」がないのと同じことであります。

ここ二〇〇年間の世界の歴史を眺めても国家と国家の戦いから民族と民族の争いに変化し更には個人対個人の争いへと移り変わってまいりました。恥しいとか恥を知ると云う心は人間として社会生活の中で大変重要なことでありますが、そんな中で依然として日本人は昔ながらの美徳と云うべき「恥の意識」から一歩もでていないのであります。

現実の社会はどんどん科学の進歩によって発展し、社会機構も経済機構も価値観も大きく変化しているにもかかわらず相変わらず「チョンマゲ」を結っていた頃と同じ意識で生活をしようとするのですから混乱が起きるのは当然であります。

全体はあってもその全体を形成している一つ一つの部分「個」がないのであります。個が集まって全体があり、全体があって個がありその関係は互いのその部分と部分とが疎害し合うことなく有機的に調和し合っているのが自然界のすべてのものの姿であります。

ここで云うところの「私」とか「個」と云うのは戦後教育界でよく云われました「個性の伸展」

とか云われる表面的な個ではありません。世間では「くせ」と「個性」を同一視しておりますが「くせ」を抜ききったものが「個性」であります。これと同様に「差別」と「区別」とは根本的に異なった事柄であります。ものごとの区別が出来ない社会だから混乱が起きているのであります。「くせ」を「個性」とみまちがえ「区別」と「差別」と同一視し、すべてを平等に扱うところからは混乱が起きるのは当然であります。

これまで日本人は敬神崇祖の念が非常に厚いと云われてきました。現在では社会習慣からうすれてしまいましたが、たいてい村の鎮守の社には氏神さまが祀ってあり春秋の祭礼には村人が仕事を休み皆こぞってお参りをし幸せを祈願いたしました。勿論のこと、中には熱心に毎日毎日参拝を続ける村人もありました。しかしそれはあくまでも日本人の血の中に流れている「神を崇う」と云う枠からは一歩も出ずあくまでも家の信仰であり村の言仰でありました。

神さまや僧仰を単なる情緒の中で理解している丈けでありました。親がお詣りをするから私もと云う形で肩仰が受け継がれ夫が詣るから嫁も、嫁が詣るから夫もと云うパターンで連続的に信仰の輪が広がりそれに対して何らの疑問も矛盾も持たなかったのであります。でありますから日本では長い間「神さま詣り」は社会の良俗として引き継がれてまいりました。

一方民間信仰の中では一人の霊能者の下に霊験を求めて多くの人々がむらがりました。しかし又そこにむらがり集まる人々の多くは不思議な神さまの霊験によって自分の願いを直接に叶えてもらうことに終始し、病いの癒しとか予知予見とかに視点をおいた神さま抜きの疑似信仰がありました。又、それで事足れりとしていましました。

仰とはそんな簡単な世俗的なことでありますしょうか。宗教とはその様な単なる生活の手段なのでしょうか。これ等の信仰も云ってみれば右へならえの「個」のない「私」のない一人一人の顔のない集団行為であります。神さまとの関わり合いが「願いごと」を媒介として結ばれて、その願いごとが叶えられれば神さまとの関わり合いは切れてしまうのであります。日本人の律儀さからその神さまの霊験のあらたかな関わり合いを忘れることが出来ず何時までもその神恩に対して感謝の仰を続ける人もありました。一体この人生の中でしっかりと「私」を持つと云うこと、又仰をすると云うことはどんなことなのでしょうか

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